Qorretcolorage - コレカラージュ

彩り重ねるコレカラの人生
大人のハッピーエイジングメディア

セカイ通信 LONDON

サーチギャラリーで

Text : Moe Ashikaga

芸術パトロンになりたい

わたしには、子供の頃から一貫して興味のあるテーマがある。

「人間はどのように世界を説明するか」

答えを与えてくれそうなものには片っ端から惚れ込んだ。神話や民話、言語、地名、音楽、そして芸術。 芸術鑑賞は三度の飯よりも好きだ。

「こういう風に世界を見る人がいるのか」
「それを『目に見えるようにする』手段を持っているなんて」
「芸術とは?」
「どこからこんなアイデアを?」

芸術を創造するエネルギーにとてつもなく憧れ、芸術の表現方法に異常な興味があり、美とは何かと考える。しかし、自分でも何かを創造できるのではないかという幻想からはとっくに自由になっている。
そんな涼し寂しのあきらめに達しているわたし(のようなタイプ)が夢見るのは「芸術のパトロン」になること…かもしれない。
まあ「芸術のパトロン」足り得るためには、審美眼やセンス、豊かな知識や交友関係、時代や機を読む能力、そして何にも増して莫大な財力が必要だ。芸術家になるより現実的というわけでは全くない。

が、ちょっと憧れてしまう。

「好きなものを作りたまえ」と、小切手を差し出す大尽。

「ここにあるもの、明日全部届けてくれたまえ」と名刺を差し出す道楽家。

一回言ってみたいなあ、そんなセリフ。

サーチ・ギャラリー

ロンドン、スローン・スクエア。

サウス・ケンジントンやナイツブリッジも近距離のこの辺りは、いわゆる大変シックなエリアだ。亡きダイアナ妃や、結婚前のキャサリン妃がこの辺りに住んでいたことから、何となくイメージが湧いてくるかもしれない。

地下鉄駅スローン・スクエアから歩くこと1分、立派な円柱を備えた後期ジョージアンの建物が見えてくる。元々はヨーク公の司令部として建築された建物で、現在内部は完全に改装され、展示場にふさわしいホワイト・キューブ、すなわち「サーチ・ギャラリー」になっている。

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この空間を上下左右にクラゲのように浮遊しながら、最先端のアートの間をうろうろしていると世界の頂点に登ったような気持ちになる。ロンドンでわたしが最も好きな美術館のひとつだ。
当ギャラリーのデヴェロップメント担当者は「このギャラリーの一番の目的は、今現在作られているもの、今日最もおもしろいものを展示することです。明日のダミアン・ハーストに人々の関心を向けることです」とカッコいいことを言う。
しかも無料。

ああ、サーチ氏よ、偉大なるパトロンよ、ありがとう。

君はチャールズ・サーチを知っているか?

サーチというユニークな人物については様々な逸話がある。
最近、タブロイド紙を騒がせたのは、メイフェアのシーフード・レストランのテラス席で、元妻の人気料理家ナイジェラ・ローソンの首を絞めたというハナシだろうか。それともタレントと浮き名を流していること?

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バグダット生まれ、兄弟で世界的に有名な広告代理店を経営し、自称インタビュー嫌い、「アート・ホリック」。当然ビリオネアだ。
ビジネスで成功した後、最初は評価の定まったモダンアートを蒐集していたが、90年代始め頃から英国の若手アーティストの作品を蒐集するようになり、緑色のロールスロイスで乗り付けた‘Freeze’展では、ダミアン・ハーストの’A Thousand Years’の前で口をあんぐり開けて立ちつくしていた…らしい。もちろんお買い上げ。

ハーストやガヴィン・ターク、ヤング・ブリティシュ・アーティスト等のパトロンになったり、ロイヤル・アカデミーで‘Sensation’展を開いてアート・クリティックを二分する論争を招いたりしつつ、「好きなアートを買う、見せびらかす、その気になったら売る。売ってもっとアートを買う。アートを売るときは、その作品に対する評価を変えたから売るんじゃない。単に収蔵を増やし続けたくないからなんだ」の調子で目を付けたアーティストの作品を買っては売り、売っては買いし、その間、サーチ・ギャラリーも数度移転した。

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彼はインタビュー集My Name is Charls Saatchi and I am an ArtholicやBe the Worst You Can Beの中で、一貫して「(アートの売買は)ビジネスじゃない。ごくプライベート」「アートは好きになればなるほど好きになる。だからいっぱい買うんだ。投資だと思うと一挙におもしろくなくなる」「アーティストというのはタフな仕事だ。それを受け入れる側も狂気だ」などとアートに対する無条件な愛を語っている。一方で彼が扱ってきたアーティストや批評家に言わせると「彼はアートを財布との関係だけで認識している。購買力をアートの価値に反映できると思っているのさ」とか「優れたディーラーではあるが、コレクターではない。作品の価値を高めるだけ高めて売るディーラー」と、まあ散々。この 守銭奴!と言うわけですな。

こんなにクールなサーチ氏が「そうさ、アートの売買は金になるのさ」とストレートに言えないのはなぜだろう。それも不思議だ。

芸術パトロンとは

では王道のパトロン、コレクターとは何なのだろう。
『芸術のパトロンたち』(高階秀爾著)にはこう書いてある。「単に芸術作品の経済的、物質的担い手というだけではなく、芸術家を理解し、作品を評価して、芸術家に支援を与える人々のことである」つまり「自らの趣味と見識によって芸術家を支援し、作品を蒐集する」人のこと。

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有力同業社組合、王侯貴族、ブルジョワ、アメリカの大富豪、企業…ざっと時代ごとに中心となったパトロンたちだ。もし、サーチが「ディーラーであってコレクターではない」と多少軽蔑を込めた非難を受けるなら、それは彼が
「自らの趣味と見識によって芸術家を支援し」
「作品を蒐集する」
にとどまらず、
「自分のコレクションとして展示する」
「自分が買うことによって値を上げる」
「上がったところで市場に放出して、さらに別のアーティストを支援する」
域にまで、派手なやり方で手を出したからか。

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実際、彼に作品のほとんどを買い上げてもらい、のちにいっぺんに市場に再放出されたアーティストの一人は、まるで捨てられた恋人のように「キャリアを破壊された」と嘆いている。

「近代の芸術家は、マネー・ゲームに参加し、その計略によって<モダン・アート>を二十世紀に勝利させたことが、このところ明らかにされつつある。印象派が自ら展覧会を組織し、運動を展開させたことは、そのはしり」(海野弘『パトロン物語』)と指摘されるように、現代はアートもアーティストも、マネー・ゲームから自由でいられない。みなプレイヤーなのだ。

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芸術パトロンのおもしろさ

どんなに優れた芸術作品がこの世に存在したとしても、それに注目し、世間の目を向けさせ、批評する人がいなくては後世に残ることはできない。だからサーチの手段がアートへのピュアな愛でなく「財布」だったとしても、アート界を活性化し、アートをアート史の文脈に残すという最も重要な仕事をしてきた点では評価されている。

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自分が購入することによって話題になる、話題になって値段がつく、値段がついてどんどん上がる、上がったところで売る、それを元手にまた次のターゲットを探す…
これも一種の「アート」である(「アート」には技術や○○術という意味がある)。
サーチはその意味で紛れもなく「アーティスト」だ。

世界中でその価値が認められ、世界中でその名が知られている、そんな芸術作品を所有するのも快感だが、自分が一番最初に「発見」したものが、自分が評価したゆえに有名になり、価値が上がり、高値で取引されるようになり、有名美術館に並ぶようになる…これ以上の快楽があるだろうか。絶対に次々と「明日のダミアン・ハースト」を探したくなるはずだ。

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例えば宝飾品ひとつを所有するのでも、世界三大ジュエラーの作品を手に入れたら、それはもう天にも昇るような気持ちになるだろう。が、自分がたまたま出会った無名作家の作品を、皆がこぞって話題にし、ヴォーグの紙面で取り上げられたり、女優が身に付けた写真がネットで回るようになり、一夜にして何倍もの値がつくようになったら…わたしだったら調子に乗る。調子に乗って柳の下にどじょうを探す。

サーチはここに中毒性の快楽を見いだしたような気がする。

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ところで、紆余曲折は詳しく知らないのだが、サーチは2010年にサーチ・ギャラリーを英国に寄贈してしまった。
2006年には、インターネット上にアーティストが自ら作品をアップして買い手を捜すことができるサーチ・オンラインを売却している。
「アーティストとマネーをメディアが仲介する。現代においてメディアこそパトロンの役割を果たしている」(『パトロン物語』)とあるように、機を見る才能に恵まれた彼はアーティストとパブリックの仲介をするパトロンの役割を早々にネットに譲ってしまったのかも。あるいは一財産築くチャンスだったか。

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「芸術とは目に見えるものを再現することではなく見えるようにすることである」とはポール・クレーの有名な言葉だが、サーチの功績は誰もまだ知らないアーティストを捜し出し、それを一般にも「見えるようにした」ことかもしれない。

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「パトロンはやはり生きた人間なのであり、アートについて、アーティストのついて、アート・コレクションがもたらす富と名誉について、人間臭い、欲望と愛を生きていることは変わらないだろう」(『パトロン物語』)と読む時、わたしはサーチの濃い顔を思い出す。

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写真は全て現在開催中のポスト・ポップ展から。

1 Gary Hume, Michael, 2001
2 Paul McCarthy, Spagetti Man, 1993
3 Alexander Kosolapov, Hero, Leader, God, 2014
Vitaly Komart & Alexander Melamid, The Red Flag, 1983
4 Rostislav Lebedev, A dream Come True, 2014
5 Lenoid Sokov, Two Profiles (Stalin&Marilyn), 1989
6 Alexsander Kosolapov, Icon Caviar, 1996
Alexsander Kosolapov, Lenin and Coca-Cola, 1982
7 Mike Bidlo, Nit Warhol, 1962
8 Jeff Koons, Three Ball Total Equillibrium Tank, 1986
9 Keith Haring, Untitled, 1982
10 Gavin Turk, Camouflage Elvis Blue, 2006
11 Wang Guangyi, Great Criticism: Swatch + Great Criticism: Pop, 大批判 1992

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参考図書 高階秀爾 『芸術のパトロンたち』、岩波新書、一九九七年 海野弘『パトロン物語」、角川oneテーマ21、二〇〇二年 Charles Saatchi, My Name is Charles Saatchi and I am an Artholic, Phaidon, 2009 Charles Saatchi, Be the Worst You Can Be, Booth-Clibborn Editions, 2012.

足利 モエ
Moe Ashikaga
神戸生まれの神戸育ち。中東、北米での遊学を経て、13年間のベルギー生活の後、2011年から英国住まい。外国に縁の深い半生でしたが、将来は神戸で暮らす夢を見ています。 趣味は放蕩旅行とクラシックバレエ。好物はお鮨。「セカイ通信ロンドン」では、ロンドンの美術館やギャラリーなど、素敵なモノを囲い込んだ場所を無節操に好事家の視点で紹介いたします。