Qorretcolorage - コレカラージュ

これから彩り重ねる人生
マチュアを楽しむ、ヒトマガジン
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Wonderful Nippon | Vol.2

~器のセカイ~
陶芸アーティスト 桑田卓郎さん

   Text : Masami Watanabe
Photo : Miwa Yamaoka

作家の小松成美さんとタベアルキストのマッキー牧元さんの“和の文化はエレガント”という深いお話で幕を開けたこの連載。待望のVOL2です!
今回はスイス、マイアミのアートバーゼルなど、世界の展覧会を舞台に活躍する注目の日本人陶芸アーティストの桑田卓郎さんをゲストに迎えて、日本の陶芸、器、土、自然について・・・様々なお話を伺いました。

コレカラージュ(以下、コレ):以前、表参道の展覧会で桑田さんのお茶碗を拝見したことがあります。とても温かみがあって、素敵でした。

桑田さん(以下、敬称略):ありがとうございます。最近でこそ、オブジェなどのアート作品を作るようになりましたけど、僕の原点はやっぱり器なので、そう言ってもらえると素直に嬉しいです。

コレ:もともとはどういうきっかけで器の道に入ったのですか?

桑田:子供のときから、とにかく図工が大好きだったんです。何かを作ったり、描いたりしていると時間を忘れてしまう。小学生のときは、写生の授業で外に出ると、夢中になりすぎて,気がついたら一人でポツン・・・なんていうこともよくありました(笑)。その流れで、美術と図工はずっと好きだし、得意だったので、高校生で進路を決めるときに美大を目指す方向に自然と行きついていたんですね。はじめはプロダクトデザインに興味があり、その道に進みたいと思っていました。でもね、美大の入試の平面構成のテストが僕はどうにも苦手で。どうしても枠の中にきれいにおさめることができなくて、デザインコースはあえなく断念(笑)。それで、美術コースに進んで、その頃から徐々に陶芸に魅せられるようになっていきました。

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コレ:では、子供時代からずっと好きなことを続けてきた結果、今に至ったという感じなのですね?

桑田:まぁ、そう言ってしまえばそうとも言えるんですが、実は高校時代はストリートダンスにハマっていた時期もあって、本格的にダンスの道に進みたいなんて考えたこともありました。結構、本気で打ち込んでいたのでプロになることも考えていた。でもね、ものすごく考え抜いた結果、ダンサーになることはあきらめて美大に進むことを決めたはずなのに、大学時代もダンスに一生懸命で、あまり陶芸をやっていなかったのが現状(笑)。

コレ:え、ではダンスからどうやって陶芸に?

桑田:美大を卒業してすぐはフリーター生活をしていました。そんなある日、ふと「自分は何をしているんだろう」と我に返った。それで、もう一度ちゃんと陶芸をやってみたいと思いなおして、弟子入りをしました。僕の先生は、萩焼、唐津、伊賀、信楽、色んな土を使い色んな種類の焼きもをやられていましたので、色々と学びました。大学の先生の繋がりで、工房にお邪魔させて頂き、先生の作品拝見させて頂き、作品に感動し先生に教えて頂きたいと思いました。そうしたら、偶然にも広島の人で、広島にアトリエを構えていた。僕も広島出身なので、先生のアトリエに寝泊まりさせてもらいながら、実家とアトリエの往復生活をしばらくの間、送っていました。

コレ:広島ご出身なのですね。現在は拠点を岐阜に持たれていますが、どんな経緯で岐阜に移られたのですか?

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桑田:弟子入りして2年くらいが経った頃、先生から「そろそろ自分で始めてみたら?」とアドバイスがあって、それから、まずは広島で陶芸教室をやってみたり、ギャラリーに持ち込んで展覧会をさせてもらったり、販売会をやらせてもらったり、自分なりに活動を始めました。でも、やってみると「備前風の焼物をつくってほしい」というリクエストなども多く、自分のやりたいことと需要のあることには少しギャップがあるなと感じて、続けるほどに、自分が目指したい方向性から離れていっているように思い始めたんですね。そこで、自分なりに情報収集をしてリサーチを始めてみた。その結果、岐阜の焼物に興味を持ちました。気になる作家さんもいたし、実際に岐阜に行って色々な作家さんに会い、作品を見ていくうちに、“やっぱりいいな!”って。そこから、岐阜でもう一度陶芸を学びたいと強く思うようになって、職業訓練校に入って勉強することにしました。そこから、様々な方とのご縁をいただいて、現在も岐阜を拠点に作家活動を続けています。もう10年!

コレ:わー、10年ですか!岐阜とはご縁があるのですね。桑田さんの作風はとても独特で、すぐに桑田さんの作品とわかりますが、その作風はどんな風に生まれたのでしょう?作品を作っているときは、何かが急に降りてくる?(笑)

桑田:(僕の作品が)今の感じになるまでには、いろいろなきっかけがありました。そのひとつは、20歳の頃にイギリスに旅した際に見たものの影響。例えば、地下鉄のポールが原色の青や赤でした。それは、当時の僕にはものすごく衝撃的で、印象深かったんです。日本に戻ってみると、同じようなものがとても地味に見えて、なんだか心が沈んだ。日本のものは機能性は素晴らしいのに、全体的に色のトーンが暗く、もっと色を取り入れてもいいのにと思いましたね。だから僕は人の心がパッと明るくなるようなものが作りたいと思うようになっていきました。

コレ:確かに、桑田さんの作品や色使いはちょっとオランダの(アートの)作家さんを思わせるところもありますね。

桑田:オランダをはじめ、ヨーロッパのカラフルでちょっとポップなインテリアやプロダクトが元々好きだったこともあって、「色」に注目しているというところはありましたね。ただ、ヨーロッパのプロダクトは好きだったけれど、僕がそういう作風でモノ作りをすることには抵抗がありました。自分自身では、もう少し味のある、ぬくもりが感じられる作風を目指したかった。温かみがあって、カラフルなもの。プロダクトと手作りの中間みたいなところを目指したかったんです。あまり手作りに寄り過ぎていても、気持ちは嬉しいけど使えないな・・・ってあるじゃないですか?そういう風にはなりたくないなって(笑)。だからシンプルだけれども、少しだけ温かみを感じる手作り感があって、というよい感じのバランスのものだったら自分はほしいなと思ったので、そういう器を目指してきたし、今もその方向を目指しています。そういうものは僕自身は長く大切に使いたいと思うので、他の人もそう思ってくれるんじゃないかと。器の場合は、使えることが重要。僕はオブジェも作りますが、それはまた展示する場所も用途も違うので、使うことは考えずに本当に自由に作っています。どちらも作ることができるのは、本当に幸せと感じています。

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コレ:なるほど。そうですね。器でキャリアをスタートさせて、オブジェ(アート)の世界に広がった経緯は?小山登美夫ギャラリーとはもう長いお付き合いなのでしょうか?

桑田:小山さんのギャラリーとはもう7年くらいのお付き合いになります。小山さんに会うまでの僕は、完全に食器をつくる陶芸家として活動をしていました。それで生計を立てていくためには、作品を売らなければならない。つまり器を作って、買ってもらい、使ってもらう。だから使えるものを作らなくてはならない。自分のテイストはちゃんと表現しつつも、きちんと使えるもの。モノの価値は持っていく場所で全然違ってくると思うんです。器屋さんでは、やっぱりちゃんと使える器が高く評価されます。でも、今回展示しているような大きな作品はもっと自由な概念の中でモノ作りができる。僕は決して、現代アートを目指してオブジェを作っているわけでなくて、あくまでも今までの器作りの延長線上で、サイズ感の大きいものに取り組んでいる感覚ですけど、どうしてもスケールが違うので、器よりもオブジェのほうがもう少しバージョンアップするところがあったりはするのかもしれません。食器専門だった時代もかなり自由なモノ作りをしている自負がありましたが、小山登美夫ギャラリーで器以外の創作活動を始めてから、自分では自由と思っていても器はある制限の中でのモノ作りだったんだなと実感しましたね。新しい発見でした。

コレ:小山登美夫ギャラリーを通じて、海外の展覧会にも積極的に参加されているようですね?

桑田:マイアミとスイスのアートバーゼルは、ほぼ毎年出品して頂いています。ほかにも、毎年場所は変わったりしますが、海外の展覧会に出品する機会は増えましたね。

コレ:作品の感じは、確かに器もオブジェも似ていますね。どうやって色の配色は決定しているのですか?偶然の仕上がりもあるのかしら?

桑田:大きな作品の場合は特に、先に造形をつくり、しばらく置いておきます。その周りを毎日、歩いて眺めている中で色彩を決定していくことが多いです。焼成前の作品は土の色なので、焼き上がりの色を想像してベースに何色を持ってくるかを考える。
こんな派手な色使いのものも作っていますが、焼き物は原材料全般がほぼ自然のものを使います。陶芸で弟子入りした頃、僕は先生と山に土堀りに出かけては、掘った土や植物から釉薬を作ったりするのを手伝っていました。田舎育ちの僕は、当初はそこになんの魅力も興味も持てずにいたんだけれど、先生と寝泊まりを共にし、学んでいくうちに「これはいい焼きだね」という様なニュアンスが だんだんとわかるようになっていったんですよね。今では、あの時の経験はとても役立っていて、先生から学んだ基礎に、僕らしさを少しずつ加えていったら、今の僕の作品たちが出来上がったと言う感じ。僕らしさのひとつが色の配色なのかなと思っています。

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コレ:先生(陶芸の師匠)やダンス時代のお仲間、周りの皆さんは桑田さんの作品にどんなコメントをくださるのかしら?

桑田:最初の頃は、「壺だね」とか「土っぽい」なんて言われていました(笑)。だから、いつか「ヤバいね!」って言ってもらえる様な、、自分がいいと思う要素をどんどん作品に取り込んでみようと思うようになりました。周りの反応は、強いモチベーションには繋がっていますね。周りのことを色々と考えながらモノ作りをしていくと、デザインすることもどんどん楽しいと思えるようになっていきました。それがよい相乗効果と連鎖を生んで、様々な場所での展示や販売のオファーも頂けるようになっていきました。人の目に触れさせ、販売をすると、そこでいろんな意見が聞ける。自分がいいと思っていたことが勘違いだったとか、やっぱり同じようにいいと思ってもらえるポイントなんだ・・・とかと直接的な反応を見ることで、作品もブラッシュアップされていく気がします。作品をつくっているときは、どうしても一人の作業が多いので、客観的な意見や視点がない。だから個展や販売会は、毎回怖くもあり、みんなの意見や反応が見られる最高に楽しみな場でもあります。

コレ:周りの皆さん、そしてファンの皆さんに刺激を沢山もらって、それを次のモノ作りに活かされているって、最高の循環ですね。そうした製作、発見、進化を繰り返しながらも、桑田さんの作品はどこか一貫しているところがあるように感じます。何か作品をつくる上で、自分らしさの基準は“ここ”みたいなルールはあるのでしょうか?

桑田:それはいろいろとありますね。僕の場合、土を持ってくるところも、配合するところも、造形も、焼くところもすべてがプロセス。そのひとつひとつに、今までの学びと発見と進化を取り込んでいます。全行程に全力で取り組むことが僕らしさというのかな。もっと分かりやすく言うと、縄文土器ってあるじゃないですか。もう6000年近く残っていて、縄文土器の中には時々布目の跡がついている焼き物も残っているんです。そういうものを見て、あの時代にこういうものを焼いた人がいたのだなと思う。きっと遠い将来、僕の焼いた器を見て同じように思う人がいるのかもしれないと思うと、できるだけ今の時代に素直に向き合って、僕が感じたものを取り込んで、良いものを作ろうと心がけています。いつか、誰かに、僕の作品を通じて「今」の時代を感じてもらえたら素敵だなって思う。わかって頂けましたか?(笑)
だって、昔は着物を着ていた日本人が今はテーブルと椅子に座って、洋服を着ているわけでしょう。時代が現代に移り変わっているのに、器だけ何百年前の○○焼しかないというのはおかしい。僕は、「今」の時代に合った器を作りたいと思っているだけなんです。

コレ:わかります。
ところで、桑田さんはご自身で“日本人だな”と感じることはありますか?

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桑田:日本人は、何でもきちんと細部まで見る習性があると思いますね。ちゃんと見る、ちゃんと見ようとする。そういう心がけが強いと思うんです。例えばね、僕は忙しいときほど、自分を落ち着かせるために雑巾掛けをします。日本人の掃除と言えば、雑巾掛け。でも西洋人はモップですよね?
床を掃除する時に、雑巾の視点とモップの視点では全然違うと思うんです。モップだと目線が上からで、そこからでは見えないものが、雑巾だと床との距離が近いので細かいゴミまで見える。モップ掛けの人からすれば、そんなところまで見えなくてもいいんだよと言われてしまうかもしれないけれど、視界(視点)が違うからこそ見えたものを、自分なりに何かに生かしていけたら、何かがやっぱり進化するんじゃないかと思うんですよね。そういうところですかね、自分は日本人だなと感じるし、日本人全体の面白いところでもあると思う。

コレ:本当に。モップと雑巾、確かに視点がかなり違いますよね。他には何か、日本人らしさとか、日本らしいことでやっていること、やりたいことなど、ありますか?

桑田:おばあちゃんと一緒に住んでいたので、ご飯は残さないで食べるとかですかね?(笑)
それと、食事で言えば、日本ではお父さんのお茶碗、お母さんのお茶碗みたいに、それぞれ専用の“マイ器”が当たり前のようにありますよね。こういう習慣って、日本特有なのかなという気がします。自分専用の茶碗や箸、椀など、これから海外でもこのコンセプトは上手に現代的に表現できたらビジネスになるんじゃないかと密かに感じています。僕もそういう要素を少し取り込んだ作品も作ってみたいなと思ったりしていますね。
日本文化全般に興味があり、好きなので、今はできる限りそこに触れてみるようにしています。お茶、お花、舞踊を観に行ったり。日本の文化や芸術は、ある枠の中でどうせつなさを表現するか、みたいな世界。表現者も枠の中で、ためてためて表現をする。見る側も、我慢して我慢して、それを受け取るみたいなところがありますよね。これに対して海外の芸術や文化はパーンと弾ける文化でしょう?日本は枠の中で、西洋は外に放出する。だから、日本人として、日本文化として、器の作家として、僕は良い意味で枠の中の要素を残しつつ、ちゃんと外に放出するような表現をしていきたいと思っています。

コレ:素晴らしいですね。ちゃんと外に発信できる日本のモノ作りを目指すことは、みんながやりたくてもなかなか難しいこと。ぜひ大いにやって頂きたいですが、そのメインになる桑田さんの作品はやっぱり器になるのかしら?

桑田:僕自身が作るもの全般で同じように放出していけたらいいですけど、メインはやっぱり茶碗でしょうかね。日本では、お抹茶を飲み、その茶碗をみて、この高台はとか、この茶碗は○○の土を使っている・・・等と、評論して楽しむ文化があります。例えば、カイラギ(梅花皮)という表面の状態を表す言葉がある。それはユウヤクがちぢれた感じのことを呼ぶのですが、偶然生まれたような要素だけど、それがとてもカッコイイのです。今の僕は、茶碗をもっと知りたい。茶碗が面白いと感じる。見れば見るほど、面白いし、見ていくといろいろなことを読み取ることができる。ちょっとワインみたいな感じでしょうか。

コレ:茶碗の世界。奥が深そうですね。茶道歴はもう長いのですか?

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桑田:かれこれ4年くらいになるでしょうか。実はある時、僕が師事している林屋先生という先生にあるテレビ番組で僕の茶碗と林屋先生のオススメのお茶碗でお茶の飲み比べをするという企画を行ないました。オススメの茶碗は、お茶がスーッと入ってくる感じで、まさにお茶を飲むために作られている。口をつける箇所も自然にどこからかがわかる。
一方、僕の作品でお茶を出されたときは、僕自身が一瞬戸惑って固まってしまった。
そうしたら、そのリアクションを見た林屋先生が、「そうなんです。この茶碗は飲む人のことを考えていない。飲む人に優しくない茶碗なのです」と。
あなたは、造形と茶碗との区別ができていないと言われました。僕はそこで、自分が格好ばかりを追っていたことに気付かされました。○○がカッコイイということだけではなくて、使う人のことを本当に考えているのが茶碗であり、器というもの。それから僕は林屋先生のお茶会には必ず行っています。お茶碗は、使う人と飲むことを考え抜いた施しがある上に、見た目の美しさ、季節、すべての要素が詰まった究極と言っても過言ではないでしょう。お茶もにわかではなく、所作が身についていないとそのあたりのことには気がつけないし、気がつかない。すごいな、素晴らしいなって思いましたよ。茶碗はまさに究極のカップと言えますね。
林屋さんとの出会いは僕の中では大きいですね。今もいろんなことを教わっています。
一生懸命に向き合って、真摯に学びたいと思っています。先生も何も知らない僕に真摯に向き合ってくれていますからね。
そんなこんなで、改めて茶碗に魅了され、今は茶碗を作ることに夢中です。

コレ:素敵な出会いだったのですね。本当に日本の文化は奥が深い。ところで、前回の対談で出たお話ですが、北大路魯山人は使い込んでいった時に器がどうなるか、また、料理をのせて完成形になることを考えて器を作っていたそうですが、桑田さんもそういったことは考えますか?

桑田:うーん、そうですね。プラチナの茶碗の下を赤にして、はげてきたら赤色が見える・・・というようなことはします。でも、そういうことよりも、自分はやっぱり時代に忠実に、素直に、「今」感じたこと、「今」よいと思うものを形にしようと考えて作っていますね。そういう意識のほうが断然強いです。とにかく「今」をちゃんと落とし込んでいる。そう言う意味では、先のことはあまり考えていないかもしれません。
「卯花墻(うのはながき)」という国宝の和物の茶碗があるのをご存知ですか?
僕はその器の話をいろいろな人とするのが好きなんですけれど、その茶碗は後にも先にもそれしかないんです。きっと作者は、そのこと、そのものだけを、そのときの一瞬に全力で取り組んで作ったんじゃないかと僕は思う。僕もそういうふうでありたいと思っているんです。
「卯花墻」は美濃焼(岐阜)で作ったと言われています。林屋先生が言うには、卯花墻は素材を知っている作り手だけでできてきた茶碗ではなく、京都の茶人というような雅を知っている人との交流のなかで生まれてきた茶碗。つまり、両方の相反する要素を持った人物だからこそ、その経験や知識、技術を絶妙なバランスで取り入れたことで、あのような作品に仕上がった。そしてそれはその時の一瞬に、全力で作られたからこそ誕生した。
僕は考え方としては、これの現代版になりたい。今はまだおこがましいと言われるかもしれないけれど、せっかくいろんな体験をし、沢山の人と出会っているので、そういうことを経験として作品に生かしたいと思っています。

コレ:本当に一貫して「今」に集中していらっしゃいますね。そんな風に考えるようになったきっかけは何かあったのですか?

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桑田:いろんなきっかけがあったと思いますけど、原点はお父さんかな。僕が物心ついた頃から、よく父が「死んだ人は損だよ」と言っていました。親戚や近所の誰か、または著名な誰かが亡くなる度に。おそらく、死んだら忘れられちゃうからという意味なんだと思います。死んでも忘れられない人もいるのでしょうけれど、基本的には時が経過すると新しい人が出て来たりもする。だから死んじゃったら、やっぱり忘れかれちゃうのかもしれない。そう思うと、やっぱり今を一所懸命に生きたいし、生きなければと思う。僕は今までいろんなタイミングで素敵な方に巡り会って、いいきっかけを頂いて来たと思うんです。それには心から感謝しているし、その繰り返しと積み重ねでここまで来られました。これからもそういう出会いを大切にしたいと思っています。

コレ:「今」の桑田さんが日本という国(土地)との関わりで、感じること、やっていきたいことは何かありますか?

桑田:僕は今、岐阜県の美濃にいます。そこで暮らして、そこにいる人々と交流していると、様々なものを感じます。本で読んだり、テレビで見ても決して分かり得ないことが、そこにいることで、土地に触れ、リアルに人と触れ合うことで、解釈できることがあるように思う。これからはもっと地元の人たちとのコミュニケーションを深めて、その感覚をモノ作りにも取り入れていきたいと思っています。まずは岐阜という土地をもっと掘り下げていきたいということなのかな。岐阜をきちんと理解することができるようになったら、そこを基点に、日本全体をもっと知りたい。そして日本を舞台に、活動を続けていきたいと考えています。
実は、焼物をみていくと、産地同士での繋がりがあることに気がつきます。それがとっても面白い。このとき、こういう作りが流行っていたんだな、とかね。例えば、美濃焼が元祖だけれど、“それ風”が流行っていたから、萩のほうでも美濃焼風が出ていたことがあるとか。あきらかに、あの作品が売れてるから、俺たちもあんな感じのものを作ろうぜ〜となったようなこと。ファッションでは、東京で流行ったものが他の地方でも流行るみたいな感覚があるでしょう。それと似た感じでしょうか。でも、それがきっかけで、そこから、それぞれの土地でオリジナリティがプラスされて違う新しいものが生まれたりもしているんですよね。これからだって、岐阜からそういう流行が出るかもしれません。それは僕が作るのかもしれないし、他の誰かであって、僕はそれをサポートするかもしれない。とにかく、岐阜を中心に、これからも日本全国のあらゆる土地、文化、焼物の知識を学び、取り入れていきたいですね。

コレ:最後にコレカラージュの読者の皆さんにメッセージをお願いします。

桑田:もっとじっくり「今」を見てください。このスピードの速い世の中で、グローバルでいろんなことが飛び交う世の中で、ちゃんとじっくり、しっかり目の前のことを見ましょう。そして聞きましょう。そうでないと、いろんなことを勘違いして理解してしまう危険性があると思うんです。僕は勘違いされることが嫌なので、自分もそうしないように心がけています。どんなことも一度、きちんと受けとめて、表面だけではない、もうひとつその奥のことにも目を向ける(耳を傾ける)みたいな、ね。僕の作品はカラフルだし、攻撃的な作品と思われがちです。でも、本当は攻撃してなんかいない。ちゃんとその先も見て、感じ取ってもらいたい。優しい気持ちで、見てもらいたい。
みんな、優しい気持ちを持ちましょう。そうでないと、きっと“本質”というものがわからなくなってしまうんじゃないかな。
それから、気持ちや熱意は万国共通で伝わると思うんです。気持ちが運を引き寄せるし、気持ちが人を動かす。僕はそれを忘れずに生きていきたいと思っています。

桑田 卓郎
(Takuro Kuwata)
1981年、広島県生まれ。2001年に京都嵯峨芸術大学短期大学部 美術科陶芸コースを卒業、
2002年に陶芸家 財満進氏に師事、2007年に多治見市陶磁器意匠研究所を修了、
2009年第17回テーブルウェアフェスティバル・
テーブルウェア大賞グランプリ・
経済産業大臣賞受賞、
現在、岐阜県土岐市在住

Profile Photo : Koto Kotake

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