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憧れのレジェンドたち | Vol.4

住谷栄之資
(KCJ GROUP株式会社代表取締役社長兼CEO)

   Text : Masami Watanabe
Photo : Kumiko Suzuki

住谷さんは、あの「ケンタッキーフライドチキン」を日本に展開した株式会社WDIにて、今までに様々なレストランの運営に携わっていらっしゃいました。そして、WDIを退かれた後、60歳でキッザニアを日本に上陸させ、現在もエデュテインメント業界でその手腕を発揮されています。一時代を築き、今なお現役で活躍中の住谷さんに今月はいろいろなお話を伺います。

コレカラージュ(以下、コレ):住谷さんは、常に新しいものを日本に持ち込んでいらっしゃいましたよね?その根底では、どんなことがモチベーションになっているのでしょう?

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住谷さん(以下、敬称略): DNAと言ってしまえば、それまでなんですけれど僕は元々、自発的にチャンレンジすることが好きなんですね。もちろん、友人や先輩、その都度の出会いで誰かの影響を強く受けたりもしていて、反面ではわりと受け身なところもあります。上手に流されてきた部分と、ずーっと突っ走ってきた部分と、あまり自覚なくここまで来た感じですね。

コレ:住谷さんに影響を与えた出会いや出来事は沢山あるのでしょうけれど、たとえばどんなことがあったかいくつか教えてください。

住谷:今思えば、一番最初に人の影響を受けて人生が変わり始めたのは、中学生の時。僕は、中学1年、2年とずっとサッカーをやっていたんだけれど、僕らの時代は子供の人口が増え続けていた時期だったので、ある時に第2中学校ができて、僕のサッカー仲間たちはみんな第2中学に移ってしまった。住んでいた地域の問題でね。それで、友達とサッカーができなくなってつまらないなぁと思っていた僕に、別の友人が「水泳やろうぜ」と声をかけてきた。完全に彼の影響を受けて、僕は水泳部に移ることにした。今考えて見ると、内心では自分でもどこか水泳には興味があって、やってみたいとは思っていたんだと思うけれど、きっかけは完全に受け身です(笑)。

コレ:サッカーから水泳って、かなりの転向ですね!それで、水泳部に移るところから、どんな展開に繋がるのですか?

住谷:中学2年の途中から水泳部に転向した僕は、その後高校に進んでも水泳を続けたいと思ったんですね。ところが、実際に高校に進学すると、競泳を行なういわゆる水泳部がなくて、水球部しかなかった。仕方ないから水球をやるか、と水球部に入部したんですが、その後、高校、大学と、この水球というスポーツが僕の人生の軸となるんですね。就職の際も、特にどこに進みたいとは考えていなかったんだけれども、大学時代の水球部の先輩に声をかけられて、藤田観光という会社に就職しました。僕は東京オリンピックのあった翌年の卒業だったので、時代はグローバル化に向かっていました。なんとなく、海外とか、飛行機とか、ホテルとかの産業も良いかなと思ってはいたので、流れのままに就職も決めました。そして、それから4年半後に、同じ水球部の先輩に誘われ、WDIへ入ることになります。

コレ:水球部がある意味、人生を導いたという感じはしますね。そして、WDIで数々の有名レストランを展開されるわけですが、元々、レストランをやろうということは決められていたんでしょうか?

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住谷: WDIがレストランの会社になったのは、たまたま僕たちの友人が三菱商事でケンタッキー・フライド・チキン(以下、KFC)を日本に持ってくる・・・なんていう話になっていて、それならば、ということで携わったことがきっかけです。KFCは、アメリカの会社で、本国ではそれはそれは大きくて有名な企業でした。そして、当時は非常に勢力があったんですね。僕が主にアメリカと直接交渉をしたり、ノウハウを学んだりしていたんですけれど、必然的にアメリカ本土に頻繁に訪れるようになって、なんとなくアメリカの食文化や食のスタイルを面白いと思うようになっていったんですね。特に設計図も何もなくて、そんな流れになっていった感じです。

コレ:わぁ、導かれていますね。あのカーネル・サンダース氏にも会ったのでしょうか?(笑)

住谷:会って話もしましたよ(笑)。本当に、今思えば良い流れがあったんですね。それに、時代背景もとてもよかったと思っていますね。あの頃は、高度成長期で、日本はとても元気で輝いていた時代。あの環境だったからできたのかもしれないです。本当にそういう意味では、時代がよかったということに尽きると思いますね。今、僕が20−30代だったらどうなっていたんだろうと思うと、あまり自信がない(笑)。

コレ:え、本当ですか?住谷さんはいつの時代でもグイグイ進めそうな印象ですが。

住谷:本当に自信ないですね、今だったら。 まずね、今ならKFCもやっていないでしょうね。できないと思います。当時は、真面目にやっていれば食べられたんですよね。今は、真面目にやっていても不安なことが多いでしょう。僕らの時代は、大きな会社に入っても脱サラする人が多かった。時代的に、どこか安心ベースの上で生活ができましたからね。

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コレ:現在のキッザニアには若いスタッフが沢山いらっしゃると思いますが、住谷さんはどういう基準で選ばれているのでしょう?

住谷:こどもに対するサービス業というところが基準なので、自然とこども好きの人が集まってきますよね。とはいえ、今の若い人は、みんな安定を求めて大企業に行きたがる傾向がありますね。でも、大企業に入って働ける人はごく一部の人たちでしょう?世の中に仕事自体はたくさんあると僕は思っているんだけれども、今の若者はまず「休みが少ない」「キツい」仕事には行きたがらないですね。

コレ:確かに、近頃の若い皆さんは堅実というか保守的ですね。いろいろなところで、人の確保が大変だと聞きます。

住谷: そうですよ。そもそも(若者の人口の)絶対数が足りていませんからね。もともとずっと高度成長の流れがあったから、日本には様々な店舗がある。ある意味で、すでに飽和状態。それなりの人口がいる前提で店舗ができていたわけですから、働く人も消費する人も減ってきた昨今では、特にチェーン展開している会社では店舗を減らしているところも多いわけです。

コレ:確かに。24時間営業のお店も減っていますよね。同じ理由なんでしょうかね?

住谷:そうでしょうね。消費してもらえる金額よりも人件費のほうが高くつくし、深夜に働く人も減少しているのだと思います。

コレ:住谷さんは、エンターテイメント性の高い、アメリカのわりと大型のレストランを日本に導入されているイメージが強いのですが、今は時代的に「エコ」であるとか、環境に良いとか、きらびやかというよりは素材にこだわるような風潮が強いと思いますが、その点はどうお考えですか?

住谷:今の時代の流れとして、そういった傾向はあると思います。僕らの時代は、アメリカの文化があらゆるシーンで強烈に影響を与えていた時代です。映画もファッションもね。だから、当時はビジネスとして考えたときに、ある程度のインパクトがないとダメだと思っていました。そこで、エンターテインメント系だったり、ちょっと味が濃い名物料理を出すとか、特徴のあるレストランを手がけていました。

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コレ:ハードロックカフェやトニー・ローマはまさにそうですね!

住谷:KFCだって、赤と白のストライプのパッケージで、店内にはカウンターがあって、アメリカンスタイルだったでしょう?最初、日本には唐揚げがあるから、かなり反対をされたものです。でも、僕はフライドチキンそのものを売りたかったわけではなくて、フライドチキンを売るアメリカの店舗そのものを日本に紹介したかった。ハードロックカフェもトニー・ローマも同じ想いで始めました。

コレ:どのお店も学生時代にはよくお世話になりました。トニー・ローマのリブは、実はいつもライスがあったらな・・・と思っていました。あのタレと合いますよね、絶対に(笑)。

住谷:その声は実は多かったんですよ(笑)。

コレ:やっぱり(笑)。みんな思うことは同じだったんですね。どうしてメニューにしなかったのですか?

住谷:ビジネスとしては、“アメリカンスタイル”を売りにしていたのでね(笑)。絶対に合うし、ヒットするのはわかっていたんだけれども、ライスがあるだけで一気にアメリカのイメージが弱まる。弱まるどころか、中途半端なコンセプトになってしまうでしょう。だから徹底して、アメリカの食文化にこだわった。パンだけで通しましたよ。

コレ:あのトニー・ローマのオニオンフライもサイドディッシュとしては大好きでした。いつもスタートはオニオンとビール(笑)。

住谷:お肉が売りですけど、あれは美味しいね。ビールと最高の相性(笑)。しかも、結構なサイズだからインパクトがあったでしょう?

コレ:全体的にボリューム満点で、まさにアメリカ!という感じがしていました。いつも大勢でわいわいと楽しい食事のイメージです。トニー・ローマもハードロックカフェも、行くといつもワクワクしていました。

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住谷: そう言ってもらえると嬉しいですね。でもね、実はハードロックカフェの1号店はアメリカではなくて、ロンドン(イギリス)なんです。ロックンロールと言いつつ、ビートルズが中心。でもね、当時、音楽をテーマにしたレストランは初めてで、ロンドンの1号店は瞬く間に大人気店に成長したんです。2号店でニューヨーク、3号店でロサンゼルスに店舗ができて、その頃に僕はどうしてもこれを日本に持っていきたいと思って、オーナーを探して、フランチャイズの権利を獲得しました。

コレ:日本は六本木が1号店ですか?

住谷:そうです。アメリカの店舗には、どこもキャデラックのテールの部分がドーンと飾られていますが、あれはアメリカらしいけれど、日本人にはインパクトが足りないと僕は思ったので、それをオーナーに話したら、「君は何が面白いと思う?」と聞かれて、「キングコング」って答えた。だから、六本木のお店にはキングコングがいるでしょう?(笑)

コレ:確かにそうですね!

住谷:店舗内に飾られているビートルズやエルビスのコスチュームや楽器、様々な人気アーティストのレコード、賞のトロフィーやディスクなんかはすべてホンモノですからね。あれだけ集めるってすごいでしょう。

コレ:ああいうものはすべてドネーション(寄付/寄贈)なのでしょうか?

住谷:ハードロックカフェのオーナーは、ミュージシャンたちととても縁の深い人で、そういう繋がりを大切にしていてね。彼の周りにはいつもミュージシャンたちが集まっていて、彼のオフィスには数えきれないくらいのお宝が飾ってある。日本に飾ってあるものは、本社からのリース。すべてホンモノだから、保険もかけて、盗まれないようにちゃんと設置してある。保険金もバカになりません(笑)。だから、あれを見るだけでも価値があると思いますよ。

コレ:今では、高級で良質なバーガーのレストランはたくさんありますけれど、ハードロックカフェはその走りでもありましたね。
住谷:そうね。つなぎもない、ビーフだけの本当のアメリカのハンバーガー。日本人の味覚やサイズにあえて、合わせていない。これが「アメリカのバーガーです」という風にね。だから原材料費も結構高い(笑)。

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コレ:見た目にもインパクトがあって、美味しかった!学生の私たちには高級でしたけれど。その後もアメリカのレストランをいくつも日本に紹介されていますね?

住谷:KFC、ハードロックカフェ、トニー・ローマ・・・と続いて、アメリカの食文化を紹介することが時代的にも求められているものと合致していたし、何よりやっている僕たちも楽しかった。この経験を通じて、僕らはさらにアメリカの食の関係者と知り合うようになっていったし、どんどん広がっていきました。何度も言いますが、時代がよかったので、アメリカに随分とチャンスがあったんです。それで、スパゴというイタリアンレストラン、ババ・ガンプ・シュリンプ、オイスターバー、そして、僕がWDIにいた最後のほうではウルフギャングというステーキハウスも日本に紹介しました。

コレ:カプリチョーザは?それこそ、私たちの学生時代には欠かせないレストランでした。下北沢店には特にお世話になりましたね(笑)。

住谷:1980年代、これからはカジュアルイタリアンレストランだと思い、直営及びフランチャイズ店を国内・海外に約150店オープンしました。イタリアの雰囲気の中で大盛り料理を安く食べられるということで、大勢の若い女性に来ていただき、大変人気を博しています。また、単店でオリジナルイタリアンを吉祥寺にオープンしたり、新丸の内ビル最上階にフュージョン料理ブリーズ・オブ・トウキョウをオープンしました。僕は、“これはくる!”というビジネス的な感覚というか、嗅覚には多少自信はあるので、自分の行動力と感覚だけは、常に信じています。

コレ:それって素晴らしいですね。自分自身を信じるってすごい!情熱と直感の人なんですね。決断のときに住谷さんは迷ったりしないのでしょうか?アイディアがあって、ここにチャンスがあると思う決め手はなんですか?情熱?

住谷:いや〜、不思議と迷わないですね。基本的に、ダメだったらダメで仕方がないというスタンス。これはもう昔からね。だってね、机で鉛筆舐めていても何も始まらないでしょう?何事もやってみなくちゃわからない。

コレ:そうは思いますけど、実際は怖くなるとか、不安になるとか、そういった感情は湧かないのですか?

住谷:そう思っても、思わなくても、結果が同じなら、良いことだけを考えて突き進むほうが成功する気がするじゃない?ビジネスでは特に、何かが“できる”理由とモチベーションを探す前に、“できない”何かをどうしても先に考える傾向がある。でも、僕はそこはまずはやってみたい、そして実際にやってみる。やってみなくては本当の正解はわからないと思ってしまう。まぁ、時代背景も十分に手伝って、話だけでは何も始まらないじゃないか!みたいな部分が自分自身の中のどこかに常にあるんですね。

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コレ:すごい!住谷さん、カッコイイです。私は、実は、数年前に住谷さんと初めてお目にかかった際に、仕事で少し迷いがあった時期で、お話を伺って、「そうだ、やってみよう!」って思ったんです。今では、やって良かったと思っています。住谷さんには感謝です(笑)。

住谷:へぇ〜、そうでしたか。影響力って怖いね(笑)。時に、一歩を踏み出すことに勇気がいると思うんだけれど、しかしね、その一歩を行動してみると、なんか開けていくものだと思うんです。失敗したらどうしよう、こうしたらダメかもしれないとか、これをやったら上手くいかないかもしれないなんて、考えだしたらキリがないからやめたほうがいい。そんなことばっかり考えていたら、僕なんてやることがなくなっちゃいますよね(笑)。物事には、必ずプラスの面とマイナスの面があります。だから、マイナスばかりを考え始めたら、もう身動き取れなくなっちゃうよね。

コレ:そうですよね。それを住谷さんは自ら実践されているわけですね。 とにかく、思いついたことはやってみる。直感を信じて、一歩を出てみるということですね。

住谷:その通り。とにかくやってみる。やってみると、また次が見えてくる。必ず何かが出てくるものです。やってみて、次のプラスが出てくる。それを信じて、また次に進むと、そのまた先にあるものが見えてくる。最初のうちは、それが全然見えないから、一番はじめの決断を案外難しく感じる方も多いのかもしれませんね。でも、そこで勇気を出せば、物事は進んでいくものだと思います。

コレ:常にオープンマインドに、ポジティブ思考で・・・って大切なことですね。

住谷:そういうのって、ある程度は育った環境だとか、DNAだとか、友達の影響みたいなところもあるとは思うんですけど、やっぱりね、いろいろな経験を重ねながら、自分で自分なりに感覚を掴んでいくというか、鍛えていくものでもあると思うんです。そう言う意味では、先日、キッザニア東京で高校生を対象とした「高校生グローバルナイト」というイベントをやりまして、これがすごく良かった。

コレ:どんなイベントだったんでしょう?

住谷:普段は体験できない高校生がキッザニアで職業体験をするイベントです。キッザニアに参加している企業のご担当なんかも来られて、会社の現状だとか、採用の話をしたり、弁護士の先生も来られて法律の話をしてくれたりね。子供の頃からキッザニアを何回か体験している学生もいましたけど、やっぱり高校生というタイミングでの職業体験は幼少時代のそれとは違いますからね。高校生にもなると、就職がかなり身近なものになっている。自分の将来については、何かしら考え始めている人も多いし、職業体験を通じて、自分の働いている状況を想像したり、結構みなさん真剣に、積極的に参加していたのが印象的でした。

コレ:その取り組みは素晴らしいですね。高校生こそ、キッザニアでの体験は強く響きそう!大人が参加できる日に伺ったことがありますが、大人の私たちでもいろいろと考えたし、何より経験できたことが楽しかったです。

住谷:僕もね、高校生たちがもっとこういう職業体験をする機会や時間を持つことが重要だと思っています。ところが、残念なことに日本の制度は受験一辺倒で、それが最優先。受験して、良い学校に行って、それからよい大学に進んで、それからようやく職業のことを考えようというステップ。本当は高校生くらいの時の時間が大事だったりすると思うんですけどね。だって、どんな職業に就きたいかを知っていて勉強をするほうがずっと身になるし、いいじゃないですか。ざっくりでもいいんです。なんとなくでもいい。向かっていく方向がわかって勉強をすれば、モチベーションも違うから、やっていくうちに次も見えてくる。たとえ途中で道が変わることがあっても、変える意識が明確だから、そこでも次に何をすればいいか見えているはず。でも、日本では大学に入るための遠回りな勉強を実に多くさせられているように思えるんです、僕には。

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コレ:そうかもしれませんね。それで大学に入ってしまったら、安心して遊んでしまう傾向が強いですものね。もちろん、目的を持って、きちんと勉学に励まれている学生さんもいらっしゃるとは思いますが、概ね、なんとなく大学時代を終えてしまう学生が日本には多いのでしょうね。

住谷:世界の学生と比較しても、日本の若者の勉学に関してのモチベーションは目立たないですよね。今、ハーバード大学には日本人留学生が少なくなってきていると聞きます。このままでは世界と互角に戦えなくなってしまうのではないか、あと20年、30年したら、外国と確実に差がついてしまうのではないかと、不安になります。僕ら世代から見ると、とっても歯がゆいですね。

コレ:イベントに参加した高校生たちは、キッザニアでの職業体験を通じて何か変化は見られましたか?世界で戦える、たくましく熱い大人になってもらいたいですね。

住谷:みんな目が輝いていたから、何かを感じ取ってくれていたら嬉しいですね。今はスマホの時代だから、コミュニケーションの方法が昔とは変わってきているのはある程度は仕方がないけれど、僕はやっぱり向き合って、お互いの表情を確認しながらのFACE TO FACEのコミュニケーションが一番大切だと思っています。だから、キッザニアでは人間同士の触れ合いやコミュニケーションも子供の頃から学んでもらえる場になったらいいなと。今回、高校生たちがそういう部分にも何かを感じてくれていたらいいなと思いますね。

コレ:会話やスキンシップは大切ですよね。人のパワーって偉大ですものね。これは余談ですが、住谷さんは月刊プレイボーイ誌のジェントルマンズ倶楽部も日本に導入されていますね?ヒュー・ヘフナー氏はどんな方なんですか?実は、一度お会いしてみたい方のおひとりで・・・(笑)。

住谷:とても静かな方でしたね。彼は夜しか起きていないし、行動しない。夜行性で、昼間は寝ているんですって(笑)。雑誌プレイボーイの巻頭の文章は、彼がずっと書いていて、世界中のビジネスマンや政治家たちから非常に評価が高い。いろいろな記事が載っていますが、あの巻頭にはヒューの哲学が詰まっていて、勉強になるし、影響を受けている人は多いんじゃないかな。彼の哲学は、「人生を徹底的に生きる」ということに尽きるんだけれども、人は限りなく動物であり続け、限りなく好きなことをして過ごすべきである・・・というようなね。できるだけ自分の好きなことをやって生きることをモットーとしている。100%でなくても、可能な限りはやりたいことをやる、やりきる。これは決して、エネルギッシュに生きるだけではなく、静かに生きたい人は静かに自分らしさを全うして生きればいい。まぁ、欧米はハンティングをしていた民族だから、やっぱり個々が自由に生きなくちゃってことなんでしょうね。日本人も世間体とかに縛られ過ぎずに、もっと自由に好きなことにチャレンジして人生を楽しんでもらいたいですね。

コレ:個人的な興味で聞いたお話ですが、なんだか住谷さんの生き様と通じているように感じます。「やりたいことは、やってみる!」「できるだけ自分らしく、正直に生きる!」・・・私たちも実践してみたいと思います。本日はどうもありがとうございました。これからもお元気で、日本を元気にしてください!

住谷 栄之資
(Einosuke Sumitani)
KCJ GROUP株式会社代表取締役社長兼CEO
1943年 和歌山県で生まれ、大阪で育つ
1965年 慶應義塾大学商学部卒業
1965年 藤田観光株式会社に入社。箱根小湧園、大阪太閤園勤務を経て、新規事業担当として瀬戸内海の直島のリゾート施設開発などに従事
1969年 株式会社WDIに入社後、取締役として主に外食事業に経営参画
2000年 株式会社WDI 代表取締役社長に就任、2003年に同社を退職
2004年 ㈱キッズシティージャパン(現:KCJ GROUP㈱)を設立し、代表取締役社長兼CEOに就任(現職)
2006年 10月東京・豊洲に『キッザニア東京』をオープンし、2009年3月には兵庫・甲子園に『キッザニア甲子園』をオープン
2012年 4月千葉県柏市に食と農の複合施設『オークビレッジ柏の葉』をオープン
2013年 南相馬ソーラーアグリパークに資本参画
http://www.kidzania.jp/

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