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セカイ通信 LONDON

ガーデン・ミュージアムで

Text : Moe Ashikaga

ロンドンの夏

ロンドンはこの夏も通常運転。
おもしろい展覧会がいつもどこかで開催されている。

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(ガーデン・ミュージアム入り口)

ヴィクトリア・アルバート博物館の「アレクサンダー・マックイーン展」(8月2日まで)はおそらく一番人気。テイト・モダンでは英国初のソフィア・ドローネ展(8月8日まで)を開催中。
6月25日にはケンジントン・ガーデンにあるサーペンタイン・ギャラリーの2015年パビリオンが公開されたばかりで、7月2日にはナショナル・ポートレイト・ギャラリーで「オードリー・ヘップバーン展」が始まる。

セカイ通信のネタには全く困らないが、何をどのように取り上げるかは悩ましいところだ。

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(ガーデン・ミュージアムの屋台)

最も美しい季節!

今回は、ナショナル・ギャラリーで開催された「モネを千枚売った男」(印象派の膾炙に功積のあったパリの画商デュラン=リュエルを軸にした展覧会。展覧会はすでに終了)つながりで、印象派コレクションで有名なコートルード・ギャラリーを紹介するつもりだった。が、思い切って後回しにすることに。なぜなら今のこの時期は英国の太陽が最も美しい季節であり、「英国の庭」の話をするなら今がふさわしい。

というわけで、ロンドンのあまり知られていないガーデン・ミュージアムへ!

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(ガーデン・ミュージアム庭)

英国の風景式庭園とフランスの幾何学式庭園

英国の庭といえば…コンスタブルの絵画やウィリアム・モリスの庭、英国ミステリの背景として、あるいはアメリカ人のターシャ・チューダーの仕事などでもおなじみだ。一言で言うなら「自然」をありのままに活用した、時には人工的に自然を演出した庭作りだろう。日本に住むガーデニング好きの親友によると、日本人は英国式庭を大変好むらしい。

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(ガーデン・ミュージアム庭)

一方でフランス式庭園はヴェルサイユ宮殿の庭などで有名な整形式庭園、幾何学式の「人工的な」庭を特徴とする。

フランス式の豪華絢爛さは絶対王権が発達した国に相応しいような雰囲気だし、英国式のは立憲君主制下のジェントリ階級好みっぽくないか? そういう印象を受ける。

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(フランス式幾何学式庭園、ヴェルサイユ宮殿の庭)

わたしは実家の庭にも、現在住んでいる家の庭にも積極的に手を入れたことがなく、造園知識はゼロだ。
庭がない生活は考えられないが、自分で手入れをする生活も考えられない。薔薇や芍薬や木蓮を咲かせ、壁には一面に藤や葡萄をはわせ、できれば池や噴水をしつらえ、その間でお茶を飲んだりスケッチをしたりはしたいが、手入れは専門家に頼みたい。デザインは英国式「自然」でも、フランス式「人工」でもどちらでもいい。緑濃く、花が咲き、実がなり、リスが来て鳥が来て蜂が来て、庭師さんが来るならば!

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(庭に遊びに来るリス)

クロード・ロランの描いた自然

これはもう偶然。ある日、木村泰司さん著の「謎解き西洋絵画」を読んでいたら、フランスの画家クロード・ロランの話が出てきた。ものすごく興味深いので引用する。

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(クロード・ロラン「風車」ナショナル・ギャラリー蔵)

木村さんのとてもわかりやすい説明によるとこうだ。

「18世紀、イギリス人は独自の庭園様式を発展させました。風景式庭園もしくはピクチャレスク(絵画のように美しい)な庭園、または外国においては英国式庭園(イングリッシュ・ガーデン)と呼ばれるようになった様式です。そしてその霊感源となったのが、フランス出身の画家で、17世紀のローマで活躍したクロード・ロラン(1600−1682)の理想的風景画でした」(木村泰司、謎解き西洋絵画、洋泉社、2013年 176 頁)

クロード・ロラン? クロード・ロランの作品ならロンドンのナショナル・ギャラリーに、プッサンなどと並んでたくさんある。早速写真を撮りに行こう。

余談だが、クロード・ロラン、ナショナル・ギャラリーでは「クロード」とファーストネームで展示されているのでご注意。「ロラン」ではインフォメーションで聞いても探せない。
普通、ファーストネームで呼ばれる画家は歴史上最も偉大な芸術家だけだ。ミケランジャロ、レオナルド、ティッツイアーノ、レンブラント…

クロード・ロランがなぜナショナル・ギャラリーで「クロード」とされているのかは不明だ。いや、クロード・ロランが優れていないとは言いませんよ。けど…「ロラン」があだ名(ロレーヌ地方出身のという意味で、本名はジュレ)だからだろうか?
今度適当な学芸員さんを見つけたら聞いてみよう。

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(クロード・ロラン「風景 アドラム洞窟のダビデ王」ナショナル・ギャラリー蔵)

西洋の絵画の格付けでは、神話画を含む歴史画が最も高級で、次に肖像画、そして風俗画や静物画、風景画はランクが劣るものとされてきた。

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(ニコラ・プッサン「風景 蛇に噛み殺される男」ナショナル・ギャラリー蔵。プッサンは非常に格の高い正統派だ)

「17世紀、当時は格の低いジャンルと見なされていて風景画を、歴史画の衣をまとわせ格調高い「理想的風景画」として完成させた画家」(178頁)がクロード・ロランなのだ。

18世紀英国の台頭と英国式庭園の成立

英国は経済的にも文化的にも、長いあいだ欧州の辺境にとどまっていた。しかし18世紀頃から、戦争をするたびにフランスから領地を奪うようになり(イングランド銀行が成立 していて戦時国債を発行していた強み)、海上交易ではオランダから権益を奪い(貿易の扱う商品が変化し、さらに三角貿易も行った)、植民地経営をし、紡績業を中心とした産 業革命にも成功、一躍時代のトップに出たのである。

経済力がつくと次は文化に手が伸びるのが人間の常だ。イタリアやフランスからの輸入ではなく、国力に見合った独自の文化を欲するようになった英国は、造園に関しては「自然」を目指す。

「反カトリック(すなわち反イタリア)と反絶対王政(すなわち反フランス)的な感情から、イタリアやフランスを思い出させる整形式庭園に対する反動が生まれます。そして、国力がなす自負からくる愛国心から、大陸からの輸入文化ではなくイギリス独自のものを 求める機運が高まったのでした」(183頁)

矛盾しているようだが、

「この時代、イギリスの貴族の子弟たちは、家庭教師やお供を伴って、グランド・ツアー と呼ばれる大修学旅行に出かけ、数年かけてヨーロッパ大陸を周遊し、イタリアでは貴族 に相応しい教養として美術品に触れる機会を持ったのでした。そんな彼らに「お土産」として人気があったのが、イタリアの風景を思い出させる」(182頁)クロード・ロランの作品だった。

はあ、それでナショナル・ギャラリーにはクロード・ロランの作品がたくさんあるわけですな。

「眺めのいい部屋」も主人公のお嬢様がグランドツアーに出かける、そんな映画だった。
そして彼女が目覚めたのも自分の気持ちに正直になるという「自然」だった。

こうしてクロード・ロランの作品を元に、人間と自然の調和を目指した理想郷が英国に再現される。マリー・アントワネットも英国の風景式庭園を輸入してプチ・トリアノンを作らせたのだ。

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(ガーデン・ミュージアム庭)

造園の趣味趣向には、まずその土地の風土が大きく影響していると思い込んでいたので、 理想や美意識もさておき、政治的な思惑が働いているのには心底驚いた。隣同士の国の愛憎とは本当に複雑!

また、この時代に「自然」な庭を取り入れた流れには、ロマン主義的な自然観が隠れているのではないかと思う。
欧州は、16世紀のデカルト、17世紀のニュートン、そして啓蒙思想の機械論的自然観に違和感を感じるようになっていた。ロマン主義は切り離されてしまった人間と自然をあらためて結び付け、原初の人間と自然のハーモニーを取り戻すことにより、万物への理解をより深めようとしたのだ。

矯正搾取する自然観から、自然そのものをありのままに尊重するという自然観への変化…おもしろい。

ガーデニングをするジェントルマン

ミュージアム自体に関してもう少し紹介しよう。

「素敵な庭は欲しいし、優雅な趣味としてガーデニングをたしなみたいが、泥臭いことはしたくない」という愛好家は、英国のジェントルマン階級が最初だったらしい。ガーデン・ ミュージアムには、紳士淑女がその気になれるおしゃれな道具がたくさん展示されている。

例えばジェントルマンが持つステッキ。ステッキの先が細いスコップや熊手になっていて、ジェントルマンは自分の庭を散策しながら「おや、ここに雑草が」などと言いながらステッキの先でささっと除草。 これらの華奢な道具はガーデニングをするワタクシという満足を与えるために大変有効なツールで、大人気だったようだ。

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(紳士の庭道具。写真左手)

ガーデン・ミュージアム

大変かわいらしいイングリッシュ・ガーデンのカフェでは、結構おいしいベジタリアン食が供される。もちろん今の時期は庭で。

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(ガーデン・ミュージアムのカフェ)

ガーデニング関係のショップも。
とても英国らしいチャツネやジェリー。

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(チャツネとジェリーなど)

パッケージ買いした種。 受付のマダムがまだトマトもかぼちゃも間に合う! とおっしゃるので…うちの庭、リスやキツネやマグパイが我が物顔で入ってくる庭なのだが、野菜の種なんか 蒔いたらそれこそレストランのように使われないだろうか?

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(種)

さて、ガーデン・ミュージアムの対岸はこんな風景。ランベス橋を渡ってウェストミンスターの方へ行ってみよう。ランベス側の岸は閑散としているが、橋を渡った途端に結界が切れたのではないかと思う ほどの人混みに巻き込まれることになる。

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(ランベス橋を渡った対岸はウェストミンスター、ロンドンでも一番の観光スポット。ヴィクトリア・タワーはランベス橋のたもとから見るのが一番綺麗だと思う)

振り返ると、とても小さく静かで、しかし今まで知らなかったことを知るきっかけをたく さん与えてくれるミュージアム。豪華絢爛な美術館だけでなく、こういうところの存続もできるだけサポートしたい。

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(ランベス左手はランベス宮、カンタベリー大司教の宮殿)

参考図書
木村泰司 『謎解き西洋絵画』洋泉社、二〇一三年

足利モエ
Moe Ashikaga
神戸生まれの神戸育ち。中東、北米での遊学を経て、13年間のベルギー生活の後、2011年から英国住まい。外国に縁の深い半生でしたが、将来は神戸で暮らす夢を見ています。 趣味は放蕩旅行とクラシックバレエ。好物はお鮨。「セカイ通信ロンドン」では、ロンドンの美術館やギャラリーなど、素敵なモノを囲い込んだ場所を無節操に好事家の視点で紹介いたします。