「Revive Japan – Travel Note」と題する本コラムでは、コレカラージュのエンジニア/エディターでもある長谷川圭一が、日本で再生・活性化されるべき事業や文化にフォーカスし、その分野で活躍されている方々を特集していきます。
第一回目は、筆者が元々関心を持っていた「木を食べる」ということについて、日本の事情・情報を手繰り寄せ、静岡県の川根本町にある樽脇園で有機茶を栽培・販売されている樽脇靖明さんが、OPEN MUJI 有楽町 に出店されるということで、お話をうかがってきました。
「木を食べる」と聞いて、奇異に感じる人は多いかもしれません。
実際、木の主成分はセルロースやヘミセルロースという食物繊維であり、栄養素はありません。一方で、これらの食物繊維は、腸内細菌の作用により、整腸作用や大腸癌抑制、血圧低下などの効果があると言われています。
「木を食べる」ということにいち早く興味を抱いた、静岡理工科大学 物質生命科学科教授である志村史夫さんが中心となり、地元の天竜杉を使った、食べることのできる「杉おが粉」が開発されました。
この「木を食べる」ことや「林業再生」というキーワードを元に、お茶生産を通して、それらの活性化に尽力されている樽脇さんにお話を聞いていきます。
Qorretcolorage(以下「Q」).樽脇園には、まだ訪れたことがないのですが、どのような場所にあるのでしょうか?
樽脇靖明(以下「樽」).静岡県の川根本町という、大井川の上流の町にあります。最近だと、機関車のトーマス号が走ったことで話題になった場所です。その沿線(大井川鐵道)に茶畑があって、うちの畑は、その中でも一番山のてっぺんにある畑です。標高630メートルほどの場所にありますが、そのような高い場所で作っているために、季節によって寒暖の差が大きく、それが茶の木に影響を与えて、お茶が良い香りになります。
元々は、この場所で祖父が林業をやっていたのですが、先代の時代に木を沢山切ってしまい、父の代には細い木ばかりで、林業だけでは厳しくなってしまったんです。代々専業でやってきたものだから、他の仕事に転換するということも難しく、そんな中、世間でお茶が飲まれるようになってきたので、杉林を開墾してお茶畑にしたというわけです。
Q.元々は林業がメインだったんですね。
樽.昔は、山を持っていることがステータスだったから、林業も成り立っていたけれど、次第に海外の安い木材が入ってきて、林業が厳しくなってしまったんです。
Q.川根周辺で取れるお茶には、どんな特徴がありますか?
樽.山のお茶の特徴は、温かくして飲むと、香りも良く、丁度良い渋みがでることです。この渋みにはカテキンという成分が含まれていて、抗がん作用、抗酸化作用、インフルエンザ抑制などに効果があると言われています。この渋みがなくなった後に、甘みが出てきます。それが川根茶の特徴です。すごくキレがいいから、ご飯の後なんかに飲むと、口の中がさっぱりします。
Q.確かに甘みもあって、さっぱりしているので、最近は毎日飲むようになり、僕自身、一時期、体調が悪かったのも、だいぶよくなりました。
都内近郊のマルシェにはよく出店されていますが、どのようなきったっけで出店されるようになったのでしょうか?
樽.マルシェへ出店するようになったのは、天竜 T.S. ドライシステム協同組合という製材所の先代、(故)榊原正三さんの知り合いがプロデュースした「太陽のマルシェ」に一緒に出店するようになったのが元々のきっかけです。それまでは単発で開催されるイベントに出店していました。
話を遡ると、三年前、静岡理工科大学 物質生命科学科 志村教授と出会ったことから始まります。その志村教授が地域活性化のために製材所に行った際、たまたま見たおがくずが美味しそうに見えたらしく、ふりかけ好きの教授が、ごはんにかけて食べたそうなんです。ただ、「とてもじゃないけど、そのままじゃ食べられない」ということで、地元の料理家に相談し、その中で(郷土料理屋「つぶ食いしもと」の)料理家いしもとさんが、得意な雑穀料理を応用して食べれるようにしたのが、スーパーウッドパウダーと名付けられたものです。
その講演会が、地元、水窪町(みさくぼちょう)で開催されたので、見に行きました。そのスーパーウッドパウダーを開発するきっかけになった一人が、榊原さんなんですが、私は、榊原さんとイベントや仕事をご一緒する機会が多かったこともあり、「何か、木と混ぜられるいい食材は無いか?」と持ちかけられ、川根茶を使った「おがっティー」ができたというわけです。
はじめは、パウダーにもせず、100% 木のおがくずをティーバッグにいれて、それを煎じて飲むところからはじまったんですよ。
Q.100%ですか?木好きの僕としては、ぜひ飲んでみたいです(笑)
樽.最初は、檜も試してみたんですが、杉と比べると香りが出すぎるので、杉で調整することにしました。
その後、50%、30%と割合を下げていき、30%のところで、お茶と混ぜてみたんです。それでやっと先生(志村教授)のところに持っていって、「これをなんとか製品化しよう」としましたが、30%でも美味しく飲めましたが、最終的に10%のスーパーウッドパウダーを混ぜることにしたんです。
Q.「おがっティー」も、お湯を入れた後、少しお茶の粉と一緒に浮いてくるんですが、香りがあって、逆に、あれが好きだったりします(笑)
樽.ははは、なるほど(笑)
基本的には食物繊維ですから、お茶以外にも、ケーキなどの食べ物に混ぜることで、お通じが良くなる効果があります。
それから、先生が注目したのは、「これで花粉症が良くなるかもしれない」ということでした。
慈恵医大が中心となって開発した、杉花粉症を抑える「緩和米」の記事が新聞に載り、私たちも、静岡一帯でモニターを募集して、杉のおが粉と川根茶を混ぜた「おがっティー」を飲んでもらいました。そして、71%が「良くなった」、8%が「劇的に良くなった」という結果がでました。がんの治療薬でも10%の効果があれば、抗がん剤として認められるレベルですから、「おがっティー」も十分効果があると考えられます。
私もはじめは半信半疑だったので、お客さんから「花粉症にすごく効いたんです!」なんて言われたら、「ホントに?」と思っていましたが、やっぱり効果はあるみたいです。
Q.僕も、今年は花粉症の症状がひどかったんですが、「おがっティー」を飲み始めた頃から、急に花粉に反応しなくなったんです。
樽.もちろん体質もありますから、人によっては効く、効かないはありますが、例えば、杉花粉症の症状がひどければ(おがっティーを)抹茶塩にして始めてみる、とかでも良いかもしれません。
最近、商標登録も取得できましたし、ウッドデザイン賞にも応募して、10月末の二次審査を待っているところです。
Q.樽脇園のお茶にプリントされているロゴが、かわいくて、すごく良いなと思ったんですが、これは誰がデザインされたんですか?
樽.これは、同級生に、パッケージデザインなどで活躍しているデザイナーがいまして、その彼にデザインしてもらったんです。
樽脇のイニシャル「T」や、お茶の葉もデザインに含まれているんですよ。
お茶っ葉って、どこかで買ってきても、パッケージの印象が薄くて、どこのお茶か忘れちゃうじゃないですか。だから、こうしたロゴがあると印象に残るし、いいかなと思ってデザインしてもらったんです。正直デザイン料はかかりましたが、一生モノになったし、パッケージだけじゃなく、マルシェなどでも配る名刺デザインにも統一感が出るので気に入っています。
Q.そうなんですね、お茶も美味しいですが、なかなか良いロゴだな、と思っていたので。
スーパーウッドパウダーの販売事業を手がけていらっしゃる「せいごや」の松村さんから、サンプルをいただいて、裏をみたら、おがっティーと同じ樽脇さんのところで作られていたんですが、まだ販売予定は無いのですか?
樽.あのサンプルもうちで作ってるんだけど、まだ、なかなか販路が無くて、販売には至っていないんですよ。うちで、パウダー化する体制はできているのですけどね。
Q.僕が考えたのは、食べ物に混ぜるだけでなく、タバコや葉巻のように、香りを楽しむ嗜好品としての楽しみ方です。
又、食べ物としても、もう少しブランディングして、杉や檜を食べることが、食文化の一つになる可能性があると考えています。
樽.将来的には「これ、本当に食べられられるの?」というところから、食べ物の選択肢の一つとして当たり前のものになるレベルになればいいな、と思っています。
Q.例えば、「天竜杉」が一つの食べる木のブランドとして認知されて、嗜好品の例で言えば、葉巻の銘柄の「COHIBA(コイーバ)」みたいに、色々な木のブランドが出てきたら面白いかな、と思いました。
樽.そうですね。専売特許として狭めるんじゃなくて、杉なんかは全国にありますから、「これはどこどこの杉」みたいに、それぞれの地域の特色を出せると思っています。「スーパーウッドパウダー」という名前も、製品化という面では、別のネーミングで売った方が良いのかもしれませんね。
Q.「林業再生」というテーマに関心があるのですが、樽脇園さんのように、林業から茶畑への転換といった例と別に、なにか地元の林業再生で活動されていることはありますか?
樽.「月齢伐採」というものがありまして、新月期の14日間の間に、木を切る習慣があります。昔は、その期間、闇夜に木を切るというのが普通でして、そうすると、木が腐りにくい、シロアリに喰われない、などの利点があるんです。そういうことが、昔は当たり前のようにあったんです。
加えて、天然乾燥なので、無理やり伐採して木を切り出すということはしません。それが、現在は、夏冬関係なく、育った木を伐採し、切り出した木を無理やり乾燥させて、半年後には家が立つ、という流れになってしまいました。そういう木は、10年、20年すると、シロアリに喰われたりとか、変形して割れやすくなってしまいます。
私たちの地元では、そのような大量生産ではなく、「昔のやり方に戻ろう」としていまして、天然乾燥はもちろん、新月の冬の時にだけ伐採を行なっています。それから、「葉枯らし」といって、葉をつけた状態で90日間以上寝かせます。水が抜けて木が軽くなり、運び出しもしやすくなる、など、良いことずくめなんですが、全ての工程に3年かかるんです。
それでも、作った木には、ちゃんとバーコードを付けて、トレーサビリティーのある状態になります。天竜 T.S. ドライシステム協同組合でも、「与作ツアー」と題して伐採体験を行えるんですが、自分が切った木には、バーコードが付けらるので、3年後には自分が切った木がどうなったかまで体験できるんです。
そこから「天然乾燥材で家を建てたい」という声が出てきたりもしています。
Q.確かに、大量生産の素材だけでなく、日本の良質な生産方法で作られた木を使う、ということもアピールしていくべきポイントだと思います。
樽.他に、9年前から、新月と満月の時に、お茶の飲み比べをしていまして、面白いことに、その年によって、味が変わるんです。
新月から満月に変わる14日間というのは、木がとても元気で、水をたくさん吸い上げます。だから、聴診器を木に当てると、水を吸い上げるのがわかるくらいなんです。
お茶も木ですから、水を吸い上げている時は、葉に水が行き渡って、しっかりしたお茶ができます。特に、うちは「無農薬・有機栽培」だから、お茶本来の味が、ちゃんと出てきます。化学肥料ですと、どうしても無理やり成長させていますので、同じような味はだせません。
逆に、満月から新月に向かっていくときは、木がおだやかになりますので、味はすっきりした感じになります。飲み口も、喉に引っかからない感じで、すっと入っていくんですよ。
今年(2016年)で4回目になる「新月のお茶摘み体験」というイベントがありまして、天竜 T.S. ドライシステムと一緒に毎年開催して、小さなお子さんでもお茶摘みの体験ができるように企画しています。
そういうイベントを通じて、お茶や林業が活性化していくよう、地域再生のための活動を行っています。
お茶屋ばかりが集まると、どうしても、考え方が偏ってしまうので、色々な業種の人と一緒に活動していきたいですね。
お茶の流通も、相手は問屋ばかりですから、だんだんと注文や要求に従うばかりになって、ある時、突然切られてしまったりと、あまり良い状況でなくなっているのが実情です。
Q.だから、こうしたマルシェなどに出店するようになった、というわけですね。
樽.そうなんです。都内だとイベントが沢山ありますから、マルシェなどでお客さんに出会うことで、直接、川根茶の良さを知ってもらい、お茶を買っていただくことができます。
通販も頑張っていますが、今までのように問屋だけに頼っていると、縮小していく可能性が高いですので、こうした形で、少しでもお茶を作っていくことを継続できるよう努力しています。
ただ、一生、都内にやってきて出店し続けるわけにはいきませんので、出店している間に、樽脇園や川根茶の認知度を上げて、ゆくゆくは、地元で人を雇えるようになり、地域の雇用に貢献できたらと思っています。
Q.お茶自体のクオリティーは高いので、プロモーション次第では、旧来の流通を介さずとも、良質な素材を提供するカフェやレストランなどが、喜んで仕入れてくれると思います。
樽.本来、生活の基本である「食べ物」を作る農家が、一番ありがたがられる存在なのに、このままだと、大量生産などの都合で叩かれて、日本から食べ物を作る人がいなくなってしまうのでは、と心配しています。「輸入すれば良い」という人もいますが、輸入が規制されれば、日本の食事情も壊れてしまいますし、輸入に頼れば、立ち行かなくなることも考えられます。
一方で、地元の人たちには昔ながらの考えの人が多く、新しいことをやる発想や動きがなかなか無いという状況もあるので、折角、志村先生が発案してくれたアイデアですから、私たちが活かしていくべきだと思っています。
Q.僕も、「木を食べる」ということに魅きつけられた一人ですから、是非、志村先生の研究や、樽脇さんのお茶を広めていきたいと思います。今度は、地元、樽脇園や、天竜杉の製材所におうかがいして、志村先生にもお会いできればと思います!
» 志村史夫著「木を食べる」(牧野出版 2015)- Amazon
» 志村史夫著「木を食べる」Kindle版(MP Publishing)- Amazon
» 樽脇園ウェブサイト
» 樽脇園オンラインストア